近況の溜まり場

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ひとり紀行 群馬・伊香保編②

どうもどうも。新居です。

桜が咲くとすぐ雨が降りますね。花は散るから美しいとは言いますが、今年は散るところを見られなさそう。

 

打って変わって、紅葉たっぷり伊香保編。今回の野外についての記述には、適宜、脳内で背景を紅葉で彩ってもらうと、それっぽくなります。

 

さて、温泉からあがり、石段街を下りつつ遅めのお昼ご飯を探します。舞茸やうどんが有名だということで、とりあえずうどん屋を探すと、石段沿いになにやら小綺麗なうどん屋がありました。大学時代うどん屋でアルバイトしていたこともある私ですが、こんな上品な店ならもう少しまじめに働いていただろうな、と思わせる雰囲気がありました。

お店の入り口にタブレットがあるのを発見します。順番待ちの整理券を発行するためのもののようで、何人か待ちの状態。あまり現地のグルメをリサーチしない男の一人旅において、待ちが発生しているというのは美味しさの証明として大きな影響力を持ちます。ほか探すのもめんどくさいし、ここにするか、と整理券を発行。結局店内に入れたのは15時を過ぎていたと記憶しています。なかなか待った。はらぺこ。

そんなに待つなら散策とかする時間あっただろ、と思われるでしょうが、石段街はふらっと暇をつぶそうにも、基本的に移動には階段の上り下りがセットでついてくるので、まあ、ほら、今日は癒されに来ているんだし、と流れに身を任せてぼーっとベンチに座っていました。

いざ、上品な店内に入り、そこそこお高めのメニューから、ごまだれつけうどんと舞茸の天ぷらを頼みます。これが本当においしくて、家で何度か再現しようとしたものの、この時の味にはなりませんでした。たぶん、空腹が最高のスパイスってやつ。料理の写真も撮ったから、これをもとにまた行ける、機会があったらまた行きたいなと思うけど、店名が書かれた箸袋が箸に重なって見えねえでやんの。店名がわかりません。いつかまた食べられますように。

 

デザートに焼き芋か、ソフトクリームか、何だったか覚えていませんが、何かしらの甘味を食べていると、時刻はもう夕方。ホテルにチェックインしに行きます。通されたのは6畳の和室。男一人だとまったくもってこれでいいんです。というか、むしろ、こういうのがいいんです。小さい冷蔵庫に小さめの座卓。小さいテレビに枕と布団。充分です。上ったり下ったりした疲れを6畳一間で癒しつつ、夕焼けの山を見つつなんてしてると空は真っ暗。夕食は現地のものを食べよう、と思っていたのでホテルは朝食のみのプランでした。これからノープランで夕食どころを探しに行くこととなります。

 

なんかあるだろ、と石段街を練り歩くも、な、ない。

 

お店に全然電気がついてない。

 

本気でローソンで夕食をすませる案を検討していたんですが、石段街から一本入ったところにひっそりとやっていた定食屋さん(かな?)を発見。

一人で予約もせずチェーン店でもない知らないお店に入るのは不安なもので、そもそも営業しているのか、ラストオーダーの時刻を過ぎていないかなど、お店に入ることでいろいろな”迷惑かけてすみません”が発生する可能性があります。

一人旅ビギナーだったこともあり、空腹と不安でわびしい気持ちになりながらも、おそるおそる引き戸を開くと、昔ながらの白い石油ストーブが見えまして、お店の人に”いらっしゃい”と声をかけられます。勝った~!と、安堵しながら、木の椅子が並ぶカウンター席に座ります。

一息ついて、店内を見回すと、奥に見えるは、小上がりの和室に、こたつを発見!

そっちにも座れたのかな!?と、安堵からか調子づいたことを考えつつ、何かしらの定食と、せっかくだから、とコロッケを単品で注文。

レトロな街の昔ながらの内装の店で、料理を待ちながらひとり佇むのは、なんだかとても満たされた気分になっていました。

料理が運ばれ、箸をつけます。肝心のお味のほうは、うまい、うまいうまい。

疲れや不安からのあたたかいご飯は、温度とは別の、あたたかく心に染みるものがありますね。食事中もスマホやテレビでなにか情報を得ようとし、ご飯を片手間で食べているようなことでは味わえない、食事の力を味わいました。

 

ただ、量が多い。確かにうまいんだが、昼食が遅かったこともあり、これは幸せの感情だけで終わらないかもな・・・と思い始めます。特に、コロッケがでかい。記憶の中で誇張されているかもしれませんが、厚めの文庫本が2冊皿の上に乗っかっていると思ってください。おなかいっぱいなら残せばいいのでは?というのは、私のポリシーに反しまして、このポリシーに何度苦しめられてきたかわかりませんが、とりあえず、残す、という選択肢はないんです。

いっぱい食べられるように、学生時代運動部で胃の拡張を施してきたとはいえ、すでに現役は退いてだいぶ経っています。もういっぱい食べる必要はないんだ、と平和ボケしていた胃にはふたたび頑張ってもらうこととなりました。

無事、定食と、カラマーゾフの兄弟上下巻を完食し、ホテルへの帰路につきます。

 

暗い道を歩きながら、今日あったことを思い出しつつ、

一人で群馬県の暗い道を歩いていること、

今までこんな日を過ごすことになるなんて考えもしなかったこと、

考えもしなかったのは、自分で自分の自由を縛っていたこと、

そして今、自分の行動力ひとつで群馬県の暗い道を歩いている状況を生み出したこと、

そんなことをいろいろ考えているとなんだか笑えてきちゃって。

ふふっ、と笑いながらホテルまで戻っておりました。こわいですよねこの人。

 

ホテルに到着。体の疲れや汚れを落とすべく入った露天風呂は景色が真っ暗でした。

 

人生どうしていくかを決め、想定通りに動かす力も重要だけれど、人生どうなるかわからないから、どうなるかわからないのを楽しむのも大切だよなあ、そんなことを考えながら、1日目終了です。

 

あの時と同じように、今日の私もだいたい6畳一間で眠るとします。それでは。

ひとり紀行 群馬・伊香保編①

どうも、新居です。

前回書きました、一人旅の話をしていく件。さすがにあれだけべらべらと講釈を垂れたので、書かなきゃなと思っていました。その思いがプレッシャーに変わる前に、さっさと書きたいと思います。

 

今回は群馬県の伊香保です。一人旅をやりだした最初の行先になります。前回、時系列順で書くわけではないと書いてはいましたが、じゃあどこから書き始めるのってなるととりあえず一番過去から書いてみますよね。早くしないとどんどん忘れていきますし。

 

今振り返ってみてわかったことですが、私はかつて、少年時代読んだ漫画たちに影響を受け、”頑張れば頑張るだけ強くなれる””努力で物事は解決できる”と考えておりました。社会人になり、その考え方では当然ながら限界を迎えました。それでもなお抜け出せなかった努力主義が、この旅あたりから吹っ切れた感があります。

一人旅というものは、資格取得や収入アップといったような、資本主義社会においてわかりやすい、対外的な”価値”には、直接的にはつながりません。勉強や筋トレのように、自分の糧になるものではない(と私は思っていた)ために、そのようなものに時間を割いてこなかった社会人生活でした。限界が来て、もうすこし自分をいたわることをやろうと考えた結果、ちゃんと温泉に行こう!と思い立ったのが伊香保に一人旅に行ったきっかけです。自由と癒しを求めていたんですね。自分をいたわろう、と思うだけではなくしっかりと時間と労力、予算をかけて行動に移したのが、私の中でひとつ変化であり、無理のない範囲で心のバランスを保てるようになった契機かと思います。

 

ちゃんと温泉に行こう!と思い立って行った先ということで、伊香保という場所はがっつり温泉地でございます。群馬県の温泉地といえば草津が有名な分、私も伊香保のことは関東に来るまでは知らなかったのですが、伊香保で見た紅葉の美しさが印象深いのか、個人的には草津よりも気に入っています。

 

そもそも、なんで伊香保?となった理由としては、草津や栃木・鬼怒川といった温泉地に母を連れて行ったことがあり、やっぱり温泉いいよな~という漠然とした気持ちがあって、じゃあそれっぽい温泉地って他にどこがあるだろうと調べてみた結果、なんとなく伊香保になりました。東京駅からバス1本で行けるのがいいですね。

 

さてさて、とある11月。朝っぱらから高速バスに乗るべく東京駅へ向かいます。バス乗り場は駅に到着してから調べるスタンスで生きてきたのですが、朝の東京駅地下街を走り回ることとなりました。都会をなめるなと言わんばかりの東京の洗礼。無事、何かしらのお菓子と飲み物を買いつつ、バスに乗車。3時間ほどだったと思うのですが、あまりバス内の記憶がありません。ぼーっとしていたのか、なにか考え事をしていたのか、これからの旅に心を躍らせていたのか。いや、確かONE PIECEが無料でビッグマムくらいまで読めてたから、それだったと思う。情緒もへったくれもない。

 

さて、旅に心を躍らせるという意味では同じですが、ルフィたちの冒険はさておいて、いざ、伊香保に到着。時刻は11時ごろだったと思います。さっぱりとした秋晴れで、天候にも恵まれました。

 

空気がうまい(気がする)!

脳がすっきりする(気がする)!

自然が豊か(それはそう)!

 

山中で都会よりもひんやりした空気が鼻から入り、脳内のよどんだ生暖かい空気が鼻から出ていくような感覚がありました。単純に呼吸をして空気が交換されたことをいいように言っていますが、そうした解釈、意味づけだけでも気分は高揚するものです。こりゃあいいぜ、と、とりあえず目の前にあったオレンジ色の「IKAHO」のオブジェを写真撮影。これ系のものをとりあえず写真を撮ってしまうのは何でなんでしょうかね。理由はともかく、私の画像フォルダの中では地名や駅名の写真からその他旅の思い出たちの写真が続いていくので、今からこの土地に足を踏み入れるぜ!という心情の表れでもある気がします。

着いたとたん目を引くのは、石でできたなが~い階段。それを挟んで様々な店が軒を連ねて構成されるのが、伊香保の温泉街となります。階段を上った先には神社があり、そこからもう少し上った先に露天風呂があるとのことなので、とりあえず登ってから考えるか!と石段を闊歩していきます。

道中、足湯や喫茶店、洋食屋や射的場など、全体的にひと昔を感じられるような街並みでした。”レトロ”という言葉がしっくりきます。そういった雰囲気が好みなことに一人旅を始めてから気づき、それっぽいところに行ったり小説を読んだりするようになったのはひとつ私の人生が豊かになったんじゃないかなあと思います。

石段エリアを過ぎ、舗装された道路を上り、”河鹿橋”という、これは今後いろんなところで言うことになるかもしれないんですが、千と千尋のモデルとなった橋に到着。物の価値はよくわからないまでも、見事な紅葉の季節だったので、とりあえず写真に収めておく。

登り、上り、ついに温泉に来ました。

伊香保の温泉は源泉が茶褐色と透明の2種類あり、そこは茶褐色の温泉。なんて効能のありそうな温泉だろうか。シャワーも洗い場もなく、まさに自然の中の温泉。移動の疲れもあり、染みわたりました。草津の湯の温度は、場所によってはバカみたいに熱かったのですが、こちらは長湯するとのぼせてしまうけど、くらいのちょうどよさだったことを記憶しています。

 

温泉に入ったところで、いったん区切りましょう。入浴も文章も長ければいいってもんではない。

まだ到着して風呂入っただけですが、長文をまとめ上げる能力はないのでね。

 

地方には都会で失われたものがある、だからといって地方のほうが優れているわけではない、そんな1日目後半に続きます。それでは。

ひとり紀行 プロローグ

お久しぶりです。新居です。

前の記事から1年経ってるみたいで、時の流れは早いなあ~、と月並み、かつ他責な考えが頭に浮かびます。

これを自責思考にすると、1年サボったのは俺だろ?とか、俺がただ怠惰なだけだ、とか、挙句の果てには、時が早いのではなくて、俺の成長が遅いのでは?とかいう感じになります。そんなの考えなくていいのに、手癖で考えちゃいますね。そんな意見には蓋をしたり、しゃあないやんけと開き直ったりして、心の安定を保つ力はついてきたかもしれない。

実際には、成長、ないしは適応といった形で、何かしら変化はあるんでしょうが、長いスパンで見ないとわかんないんでしょうね。1年前からの自身の変化はよくわからないですが、10年前よりは無から口車を回せるようになってきていると感じます。

 

変化を見るためには、過去の記録が必要です。小学校と今の自分の顔の変化を見るにしても、写真がないと難しいでしょう。卒業アルバムに書いた将来の夢や文集に書いた自分の文章、文体、はたまた自身の顔写真、そしてその表情。そういったものが自身の変化を気づかせてくれます。

 

そんなわけで、といっても無理やり理由をこじつけた感もありますが、私は過去の写真を見るのは結構好きです。過去を懐かしみ、現在までに起きた変化に気づかせてくれる。あのころはよかったなぁ、と過去にしがみつくことも最近は少なくなり、それはそれ、これはこれと楽しめるようになりました。前を見て歩けるようになったんですかね。これもまた気づいた変化です。

スマートフォンの写真フォルダの中には、これまでの人生において、写真を撮るような出来事の記録と、それにまつわる記憶が眠っています。時折見返してみると面白いですよ。いろいろなことが思い出されます。ただ、記録だと起きないことですが、記憶はいち早く失われていく、というか、正確ではなくなっていく。これはなるべく早く記憶を記録にしたためておいたほうがいいと思ったので、もはやはっきりと覚えてはいませんが、覚えているうちに文章にしておきたくなりました。それが今回1年ぶりに書き出した理由です。1年も経ってるとは思わなんだ。

じゃあその文章にしておきたくなった”写真を撮るような出来事”とはなんぞや、ということなんですが、こちら私の一人旅についてです。隙あらばけっこう行くんですよ。あまり写真を撮るほうではないんですが、それにしたってスマホの容量を圧迫している。旅というものは人に写真を撮らせる力があるんでしょうね。

記録に記憶を記録して、よりよい記録にしていく。記憶を文章におこすのは、出来事や感情を正しく表現できる言葉を使う必要がある、という意味と、単純にあんまり覚えてない、という二つの正確性の面で大変な作業ですが、これはやりたいし、やる価値があるし、やっていくことで起きる変化がある、と思っていることなので、ひっそりとやっていきたいと思います。

 

てなわけで次からは一人旅の記録を書いていくと思うんですが、過去のものから時系列に沿うというよりは、書きたくなったものを書いていくと思います。周知のように、このあたり私はちゃんとしていません。適当にやっていきます。

 

さて、1年ぶりにいっぱい書いたので、普段使わない脳みそが疲れました。普段の会話がいかに定式化されているかがうかがえますね。また近日中に何かしら書き始められればと思います。

 

 

そして、上記のあれこれ、日記書けばいい話じゃね?と思ってる奴。俺が日記を書き続けられるわけがないだろ!ちゃんと家には途中までの日記帳があります。

それでは。

情報過多

どうも、新居です。パソコンが焦げ付いたんですよ。

 

そんなこんなで前回書いたのは200日前とかになってるらしいです。

ひとたびパソコンから焦げ臭いにおいがして電源がつかなくなろうもんなら、修理に出したとて安心してパソコンを使いにくくなるというものですよ。

どうせ別れるんなら出会わないほうがよかった!なんて言ってる負けヒロインと似たような気持ちになってました。

とはいえパソコンを買ったのに使わないのはそれはそれでわけがわからないので、ふたたび筆を執った次第です。筆?

 

空白の200日を振り返ると、ひたすら使わない知識を詰め込んだ結果となりました。本を読んだり、博物館に行ったり、美術館に行ったり、旅行に行ったり。人生のどこで役に立つかわからない、もしかしたら何一つ使い道がないかもしれない知識を頭に入れてました。大半の知識はそのまま通過していって私の頭には残っちゃいないんですが、有益な時間だったな、という感想を持っているので、これでいいと思います。新潟、山梨、静岡、神奈川とぶらぶらしたので旅行の話は書こうとは思いますが、何か面白い話があったかと言われれば難しいところで。そのうちに書くだろう旅行記はふわふわとした、何の変哲もないものになりそうです。紀行文のように書きたいけど、情報も能力もないし、エピソードも弱いしね。

 

今回はリハビリ兼生存報告としての意味合いがあればいいかと思っているので、これくらいでサクッと終わろうと思います。インプットばっかりしていたのでアウトプットもしないとな、と思っているのでブログを書くハードルはできるだけ低くしたいんですよね。得た知識は頭の中で絡み合って全然整理されていないので、出力してかないとわけわかんなくなっちゃってるんですよ。絡まったイヤホンをいっぱい洗濯機にぶち込んだみたいな絡み方をしています。たとえ短かろうがブログを続ける気持ちは(今のところ)ありますので、これからも筆を軽くして、軽率に執っていきたいものです。筆?

 

今までもこれからも、ひっそりやります。それでは。

緩急の緩の部分

2か月ぶりくらいですかね?新居です。

ようやく涼しくなってきたとはいえ、暑いですね。常に疲れている気がします。脳みそが機能していません。特に言葉のブレーキが利かなくなっています。喋るときにいっつも考えすぎて失敗する傾向にあるから、あんま考えずに話すくらいでちょうどいいだろ!と高をくくって喋って失敗してます。俺はこういう小ミスを積み重ねるタイプ。

 

2か月ぶりというのも理由があって、一応先月から書いてるものはあったんですけどスケールが大きくなってだんだん自由研究みたいになってきちゃって。情報を集めてまとめて、ってやってたんですけどめんどくさくなっちゃって。俺はこういうまじめなことをやるためにブログを書いているんじゃない、ということでお蔵入りにしました。もしかしたらいつかまた続きを書き始めるかもしれませんが、いったん忘れます。この自由研究に時間食ったのはありますね。

そしてこれは別件ですけど、ペーパーマリオをクリアしました。おもろかった。

 

さて、今日は「暑すぎてブレーキが利かない脳にエンジンブレーキをかけよう」の話をしようと思います。私も大雑把にしか理解していませんが、エンジンブレーキとはアクセル踏んでないときにかかる抵抗のことらしいです。じゃあ、脳のエンジンブレーキとはなんぞや?と思うことでしょう。今回私は「動いているときに意識して落ち着くことで生じる心と体の減速」の意味で使います。これをしないと暑い中どんどん頭も体も熱を持って、充電しながらビデオ通話してるスマホみたいにうまく動かなくなり、小ミスを積み重ねますからね。

 

具体的にどういうことをしてるかというと、意識して呼吸を長く深くしたりだとか、靴を履くときに靴ひもを結びなおしたりだとか、何もせずただ座るだけの時間を作るだとかです。コスパやタイパを重視する現代人とは逆行している作業ですが、これもこれで大事なんじゃないかと思ってます。そんなに急いでどこに行くんだ現代人。急いだ先に何があるんだ現代人。お前が無駄だと排してきたことを老後はずっとやるんだぞ。

 

こないだスマホで映画を見ながら牛かつ食べてる人を見てびっくりしました。どっちも楽しめなくなっちゃうと思うんですよね。牛かつ食ってる時くらいスマホしまったらどうだい現代人。ご飯を食べてるときは何かを見ながらなどではなくご飯に集中する、というのもエンジンブレーキの一つですね。脳のリソースを食事のみに注いだほうがおいしく食べられると思ってます。

 

さてさて、ここまで書いて気づいたんですが、私がやってることってエンジンブレーキじゃなくて普通にブレーキですね。また小ミスしたか?まあいいさ、完璧を求めすぎるのもある意味ではミスといえるだろう。

 

この言い訳は今後も使えそうだな。謎の理屈で言いくるめる感じ。

こんな感じでこれからも緩くやるので許してね。それでは。

行くぜっ!内視鏡検査

就職活動の面接の想定問答集なんかには、「自分をものに例えると何ですか?」と問われたら周囲との関係を円滑にする「潤滑油」とか、たくさん吸収するから「スポンジ」とか答えるみたいなくだりがあったと思います。最近料理してて思ったんですが、「ナス」も負けず劣らずたくさん吸収しますね。揚げナス作ってたら油をよく吸ってました。なので就活生には「ナス」という選択肢を差し上げます。夏は安いし、揚げた後もめんつゆとかよく染み込んでおいしいです。隣の潤滑油も吸い取っちゃえばきっと就活はうまくいくことでしょう。

 

どうも、新居です。

大腸の内視鏡検査に行ってきました。

私は大腸周りに持病があり、大腸がんになりやすいらしく定期的に検査することを勧められています。経験された方はわかると思うのですが、簡単に言うな!って感じですね。前日におかゆか素うどんだけの生活を乗り切り、当日朝から下剤を飲みまくってお腹の中を空っぽにして採血検査もして点滴打ちながら尻からカメラ突っ込むなんていうのは、願わくば避けたいものです。あと2万円くらいとられたし。大腸の状態が健康だったら尻からカメラを突っ込むのはあまり痛くないんですけど、荒れてるとこれが結構痛くて。内視鏡検査を受けると決まった日から、早く終われ~と思いながら日常を過ごしています。比べるのもおこがましいけれども、出産を控えた妊婦の気持ちを体験しているような気持ちでした。痛いのがわかっているのに避けられないというのは恐ろしいですね。人の数だけ出産があると思うと、世界中のお母さんに頭が上がりません。

 

そんなこんなで尻カメラは昨日無事に終わりました。もろもろの結果がわかるのは2週間後とのことで、がんだけは勘弁してください、という気持ちです。がんってわかったら食べられなさそうなものを今のうちに食べておこうという発想になったので食材を大量に買い込み、いろいろ作ってたんですが私の不注意で左足に包丁が降ってきました。避けたと思ったのもつかの間、一人暮らしで出ちゃいけない量の血が出てきまして。とりあえずキッチンペーパーで押さえたもののみるみる真っ赤に染まったのにはゾッとしましたね。ある程度おさまったところで常備してあったガーゼで止血。Google検索で応急処置の方法を調べると、とりあえず流水で洗い流してください、とのこと。遅いわ!と思いつつすでに血が止まった傷跡を蛇口でチピチピチャパチャパしまして絆創膏を貼り、とりあえず一件落着といったところ。俺の怪我リテラシーが今日はお風呂やめといたほうがいいよね、と言っているのでもう寝ます。

あんなに出て、今、俺の血、足りてるか?と思ったけど昨日もおんなじくらい採血で血を抜かれてるのでたぶん大丈夫。経験は無駄にならないもんですねぇ。怪我もしたしブログ書くか!って思考になったのでまだ余裕があります。明日はレバーとか買っとこうかな。

 

明日も無事に目覚められますように。

それでは。

もっと修行パートを長く描いてくれ!

ふと、過去に使っていたスマホを充電してみた。

アルバムに入っている6年前くらいの自分の写真を見直してみると、今より全然かっこいい。

なんだ、俺、自分で思ってたよりかっこよかったんじゃん、ではなく、どんどん不細工になっている!が実態。

日々の変化はあまり感じないけど、しっかりと、確実に老いていっています。

いつまで食べたいものが食べられるか、やりたいことができるかわからないので、今のうちにいろいろ動いていきたいですね。生き急ぐのも間違いってわけではないかもって最近思ってます。

直近でやりたいこととして、とりあえず、今年の夏はビーチバレーがしたい。

今のところ少なくとも3人足りてません。

 

どうも、新居です。

たぶん稀有な人種なんでしょうけど、私は漫画の修行パートが大好きです。ドラゴンボールやら、アイシールド21やら、修行パートを繰り返し読んでました。戦っているとことか試合してるとこより好きです。もちろん、作品としては戦闘や試合にページを割くのが自然だと思いますし、修行パートがえらく長い漫画はわかりやすく間延びしてしまうでしょう。いかに好きといえどもっと修行パートを長く描いてくれ!とは言えないのも承知しております。

しかして、人生においては修行パートのほうが長いじゃないですか。比べ物にならないくらいに、本番の時間って少ないんです。漫画などの作品で得たイメージをもとに、意識の中は本番にフォーカスされて修行パートっておろそかにされがちですが、本番はとてつもなく長い修行パートの積み重ねの上に成り立っていることを忘れてはいけないんですね。漫画の構成的に主人公たちは短い時間で成長したと錯覚してしまいますが、実際にはつらく苦しい時間を長く過ごしたからこその成長であり、そこが肝要ながらも忘れがちというか。日々の中でも修行パートを大事にすべき、という意味でも、もっと修行パートを長く描いてくれ!と言っていきたいですね。

そのあたりをいかに我々の日常に落とし込めるか、日々を修行パートとして過ごせているかは一考すべきことなんじゃないですかね。あぁ、心の内のストイックが顔を出しちゃってます。さすがは修行パート大好き男。

 

まぁ、実際、一日ごとだと何も前進していないように見えますが、何度も積み重ねることでようやく本番でいい結果を出せるようになるので、挫けずに日々積み重ねることが大事なんだよなぁ、って筋トレするときに思ってます。

 

俺の本番って何?ではありますが。

 

積み重ねるのが老いだけにならないように、日々の修行パートにうんざりせず取り組んでいきたいと思います。

明日から頑張るぞ~。それでは。